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宇部の産業史(歴史年表)

和暦 西暦 月日 歴史
明治8年~ 1871~   福井忠次郎らが厚狭郡内に散在する鉱区権を独占する。
福原芳山が鉱区権を買い戻す
明治19年 1886 5月26日 宇部共同義会 創設
明治21年 1888 5月6日 宇部達聡会 創設
明治22年 1889   渡辺祐策、宇部達聡会常備員に当選
五か村合併、宇部村となる
明治30年 1897 1月 宇部鉱業組合創設 組合長に渡辺祐策が就任
6月1日 沖ノ山炭鉱組合設立(頭取:渡辺祐策)
明治38年 1905 5月 沖ノ山炭鉱 宇部沖海底の新坑開発のため海面埋め立てに着手
明治42年 1909 10月 沖ノ山炭鉱、博愛幼稚園を創設
11月 宇部電気会社創設
明治43年 1910   沖ノ山炭鉱、沖ノ山家庭学校を開校
明治44年 1911 12月 宇部軽便鉄道(株)設立
明治45年 1912 3月 沖ノ山炭鉱、坑内で初めて電力を使用
5月 渡辺祐策、衆議院議員に初当選。政友会に入党
7月 宇部銀行設立(昭和19年山口銀行に合併)
大正元年 1912 12月 第二沖ノ山炭鉱組合設立
大正3年 1914 1月 宇部新川鉄工所設立
4月 宇部徒弟学校開校
沖ノ山炭鉱、医局を開設し鉱内従業員を無料診療
12月 沖ノ山炭鉱医局を沖ノ山病院と改称
大正6年 1917 3月 匿名組合宇部紡績所設立
12月 (株)宇部鉄工所を設立(宇部新川鉄工所を改組改称)
大正9年 1920 10月 沖ノ山炭鉱、沖ノ山同仁病院開設(沖ノ山病院を改組改称)
大正10年 1921 11月1日 宇部市制施行 宇部村から一挙に宇部市になる
初代市会議長に渡辺祐策就任
12月 宇部鉄道(株)設立(宇部軽便鉄道を改組改称)
沖ノ山炭鉱、美祢郡伊佐村の石灰石山を購入
大正11年 1922 1月 沖ノ山炭鉱 東京向け石炭の海上輸送開始、東京出張所開設
大正12年 1923 4月 沖ノ山炭鉱 旧抗、本抗間に電車開通(宇部で初の電車)
5月 沖ノ山炭鉱 上水道敷設工事に着手(大正13年7月給水開始)
9月 宇部セメント製造(株)設立
大正14年 1925 3月 宇部セメント製造 1号キルン火入れ(年産6万8000トン)
4月 宇部セメント製造 「宇部セメント」を初出荷
大正15年 1926 9月 宇部セメント製造 2号キルン火入れ(年産9万トン)
11月 沖ノ山炭鉱 沖ノ山上水道を宇部市に委譲
12月 宇部セメント製造 防塵装置を完成(宇部鉄工所製作)
昭和2年 1927 7月 宇部電気鉄道(株)設立(現在のJR西日本小野田線)
10月 俵田明・中安閑一、欧米視察に出発(翌年6月に帰国)
11月 沖ノ山炭鉱、宇部港防波堤拾石投下を開始
昭和3年 1928 11月 沖ノ山炭鉱(株)設立(匿名組合から株式会社に改組)
昭和4年 1929 5月 宇部電気鉄道 宇部~小野田間開通
11月 沖ノ山炭鉱、宇部港防波堤築造のためケーソン進水
昭和5年 1930 2月 宇部セメント製造 3号、4号キルン火入れ(年産各11万4000トン)
11月 沖ノ山炭鉱 ウーデ法硫安工業化計画に着手
昭和7年 1932 3月 沖ノ山炭鉱 宇部炭ガス化試験を実施
10月 宇部セメント製造低品位炭利用の自家発電を開始(出力1万kw)
昭和8年 1933 1月 宇部セメント製造 5号キルン火入れ(年産14万4000トン)
4月 宇部窒素工業(株)設立 化学肥料硫安の生産に着手
昭和9年 1934   宇部窒素工業 宇部炭を原料として硫安の初製品を得る
7月 渡辺祐策逝去(71歳)
昭和12年 1937 10月 宇部窒素工業 硝酸、硫安の製造開始
昭和13年 1938 6月 宇部窒素工業 人造石油製造事業法による製造開始
昭和14年 1939 6月 沖ノ山炭鉱 西沖干拓着工
8月 宇部油化工業(株)設立 人造石油の製造
昭和17年 1942 3月 沖ノ山炭鉱、宇部窒素工業、宇部セメント製造、宇部鉄工所の4社が合併し、宇部興産(株)設立。俵田明社長就任。
昭和20年 1945 9月 宇部興産宇部セメント工場 操業開始
昭和21年 1946 9月 宇部興産伊佐採石所開設 古生代の海生動物の化石からなる石灰石を採掘
昭和22年 1947 4月 宇部興産 西沖干拓工事を再開
昭和24年 1949 6月 厚東川ダム完成(山口県へ移管)
昭和25年 1950 3月 厚東川水力発電所完成
昭和26年 1951 1月 宇部興産中央研究所(現・宇部研究所)開設
6月 宇部興産をはじめとする企業、行政、学識経験者(市民代表)の三者による煤塵対策委員会が設置される。(いわゆる「宇部方式」のスタート)
昭和28年 1953   宇部共同義会解散
10月 宇部興産、西沖干拓完成
昭和30年 1955 7月 宇部興産伊佐セメント工場で日本初のシャフトキルン火入れ(年産7万5000トン)
昭和33年 1958 3月 宇部興産 俵田明社長逝去(73歳) 中安閑一社長就任
昭和34年 1959   宇部式匿名組合が株式会社に改組
昭和42年 1967 10月 宇部興産宇部鉱業所閉山
昭和49年 1974   オイルショックにより、宇部興産が豪州一般炭を輸入開始
昭和50年 1975 3月 宇部興産伊佐セメント工場NSPキルン完成(年産300万トン、単一キルンでは世界最大)
4月 宇部・美祢高速道路開通
昭和55年 1980 10月 宇部興産沖ノ山コールセンター完成。
昭和57年 1982 3月 宇部興産大橋完成。全長1030mのトラス橋。
3月 伊佐-宇部間高速道路前線開通(いわゆる「宇部興産専用道路」)