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徳利窯

徳利窯

1.指定及び名称

  昭和44年2月 

  山口県指定有形文化財(史跡)「小野田セメント徳利窯」

  平成16年12月

  国指定重要文化財(建造物)「旧小野田セメント製造株式会社竪窯」

2.基数

  1基

3.建造年

   明治16年(1883年)

4.規模

   1)焼成部高さ 6.7m 2)煙突部高さ 11.1m 3)総高さ 17.8m
   4)焼成部内径 4.28m 5)煙突頂部内径 1.12m


5.製造能力

  約7昼夜かかって約10トンのクリンカ(セメントの半製品)が出来ました。
  (現在の標準的な設備では1日に3,000トンのクリンカができます)

(説明)

 小野田セメント株式会社は明治14年(1881)5月、民間初のセメント会社として、小野田の地に誕生しました。この徳利窯は、創業時の明治16年(1883)に操業を開始した4基の窯のうち一番西側に位置する窯で、国内に現存する唯一・最古のセメント焼成窯であり、小野田セメントの歴史やセメント製造草創期の姿を今に伝える貴重な産業遺産です。

 築造後百年以上を経過し煉瓦の劣化が著しいため、近年では、昭和53年(1978)、昭和63年(1988)の二度にわたって保存修理をした経緯がありますが、更なる劣化を防ぐため平成12~15年にかけて以下の補修を実施いたしました。

1.煉瓦の亀裂補修と補強(被覆補修材・撥水材塗布、補強バンド取替ほか)

2.屋根設置(明治時代のものに似せて復原した)

 従来、現存する窯は明治26年に築造された7号窯と言われていましたが、今回の補修にあたって周辺遺構を発掘した結果、1~7号窯の遺構が確認され、現存する窯は創業時に設置した4基のうち一番西側に位置する1基を改造大型化(明治30年前半?)したものと判明しました。

 明治27年(1894)、この1~7号窯と直角の方向に更に5基が増設され、最盛期には計12基が稼動していました。明治30年代にデイーチュ窯が稼動し、更に大正2年に回転窯が稼動するに及んで徳利窯はその使命を終え、大正2年に廃止が決定されました。徳利窯は明治時代末から順次解体されましたが、現存する窯はその際1基残されたものです。

(資料提供:太平洋セメント株式会社小野田工場)

明治31年頃の小野田セメント工場前景

小野田セメント工場(『回顧七十年』より)

 明治31年頃の小野田セメント工場全景。

出展:<「図説 宇部・小野田・美祢・厚狭の歴史(郷土出版社)」>